市長近況短信 No.2  (2月中旬号)
「神奈川新聞の動向を見ているよ。すいぶん忙しいんだなぁ」こんな声をかけられています。就任以来、予算査定と
表敬訪問、決裁等と慌ただしく過ごす毎日です。

《大きな湯呑》

 秦野高校 岩本校長先生の訪問をうけました。卒業以来40年、校長先生の訪問をうけ
るのは初めてのことです。その時、お持ち頂いたものは【大きな白い湯呑】(2006年
第60回校内マラソン大会という文字と走る秦校生の絵がプリントされたもの)でした。
この湯呑には思い入れがあります。手にした途端、走馬灯のように40年前が、蘇りまし
た。はるか昔、私がニキビ顔の高校生だった頃、校内マラソン大会で数百名がいっせいに
スタートを切りその中で上位50名に入らなければ決して貰えない湯呑でした。私が3年
間の高校生活の中で、どんなに頑張っても、とうとう一度も手にすることが出来なかった
憧れのものです。
秦野高校第60回校内マラソン記念湯呑

 政治活動30年この道を走り続けて来た私に、卒業して40年目に届いた感激のエールです。大きな湯呑が運んで
くれた大きな喜びでした。自宅に持ち帰り、早速使い始めたということは言うまでもありません。と言うのも、普段
使っていた湯呑が姿を消していたのです。

 1月中、我が家は蜂の巣をつついたような状態でした。嵐のような選挙が終わってみたら、湯呑は雲隠れ。様々な
用具が集まり、大勢の人の手により構成されている選挙の中で、たったひとつ消えたものが【本町中学校50周年記
念(校歌入り)】に頂いてから、ずっと愛用していた私の湯呑でした。
 「割れたのなら仕方がないし、どこかに仕舞い込んだものなら、その内出てくるだろう」と言いながら出現を待っ
ていました。そんな時、まるで入れ替わるように登場してくれたのが、秦高の湯呑だったのです。

 学校とは、いくつになっても懐かしいものです。同級生や幼なじみとは、白髪頭を寄せ合いながらも「〇〇ちゃん」
と呼び合えるものです。学校を子どもたちの、そんな心の故郷のひとつに出来たら…こんな思いがよぎった湯呑の到
来でした。