| 市長近況短信 No.4 (3月上旬号) | ||
|
《たかが15年、されど15年》 平成3年3月5日。私の人生の中で、忘れられない日のひとつです。昭和50年から4期15年半続けてきた 市議会議員を辞職した日です。迫りくる県議会議員選挙へ出馬の決意を固め「自らの出処進退は自らの手で決め る!」私は議長に辞職願いを提出しました。本会議で承認を得て、辞職が決まりこの手で議席の名札を倒した時 「再び、この席に戻ることはない」と心に誓いました。その時、私を市議会議員に押し出してくださった有権者 の皆さんの顔が浮かびあがり、「頑張れ、頼むぞ」との声が頭の中をよぎりました。――皆さんを裏切ることに ならないだろうかーー様々な思いが胸に去来しました。しかし、立候補することで議席を失うことより、きちん とケジメをつけたい!との気持ちの方が大きく、波乱の15年の幕開けの日でした。 平成18年3月6日。あの日から15年を経て、私は再び市議会議場に戻りました。座る席は異なりますが、 15年目の再デビューです。15年間のうち半分以上の8年間、私は野にあり、次への機会に向けて充電し、市 内を巡っていました。私にとっては激動の15年、よくぞこの席に…感慨も一入(ひとしお)だったのは言うま でもありません。 3月6日施政方針(詳細は 秦野市役所のホームページをご覧ください)演説。午前中約2時間をかけて行いま |
||
|
しが、1月末の初登庁以来、挨拶廻りや予算編成等々に 駆け回る毎日の中、職員の皆さんは実に良く働いてくれ たものだと感謝の一言です。 平成18年3月8日。代表質問が始まりました。6会 派それぞれの代表が、施政方針をうけての鋭い質問が飛 びかいました。政治姿勢について・クリーンセンターに ついて・職員退職金問題について等々、現在市が抱える 大な課題についてです。しかし、市議の皆さんも私共執 行部も、目指すものは秦野市民の安心・安全の上にたっ た幸せな生活なので、目標は一致しているわけです。共 に手を携えて、ゆるやかな離陸をしていきたいと考えて います。 市政施行から50年(昭和30年1月1日秦野市誕生) 新たな50年に向けての第一歩を踏み出した今日を、私 だけではなく、秦野市の記念すべき一日にしたいもので す。 |
![]() |
|